【しあわせのパン】
突っ込んで楽しめるリアリティゼロのおしゃれ系映画
しあわせのパン 映画あらすじ
水縞りえ・尚(なお)夫婦が営むカフェ「マーニ」には、いろいろな事情を抱えたお客さんがやってくる。しかし、ゆったりと流れる時間のなか、りえの淹れた美味しいコーヒーや、尚の焼いたホカホカできたてパン、夫婦がつくる季節の野菜たっぷりな料理を食べれば、だれもが心に灯をともしてしまう。子だくさんな農家の広川一家や、ガラス作家で地獄耳の陽子さん、りえの大ファンでもある郵便やさんに、いつでも優しく「やあ」と挨拶してくれる阿部さんなど常連さんたちも一緒になって、今日も「マーニ」は小さな奇跡を生みつづける。
しあわせのパン 映画レビュー
いくつになっても透明感とかわいらしさがある原田知世さんは憧れの女性であり、大泉洋さんは大好きな俳優さん。そんな2人が共演し、旨そうなパンやお料理がたくさん登場するというので鑑賞。
しかし、一番の感想は「突っ込むのが楽しい映画」ということだった。あくまでも主観だが、イラッとしてしまう可能性があるので、本気でそのおしゃれ感とかハートウォーミングな物語を堪能しようとしてはいけない。微妙な突っ込みどころを楽しむのだ。そうしているうち結果的には、美味しいパンをかじってワインが飲みたくなり、温もりとか、爽やかな感覚だけが印象に残り、気分がよくなる。
映画がはじまると、綿や麻の素材にあふれるナチュラルテイストな雑誌のように、でき過ぎたカフェの雰囲気が画面いっぱいに広がる。物語の主人公である水縞夫婦が営む「マーニ」だ。ジリジリと焼けるパンの音や、画面から香ってきそうなコーヒーの映像、素朴で温かみのあるインテリアと、柔らかくて肌触りがよさそうな、りえと尚のお洋服。くっそナチュラルおしゃれ過ぎるぜ。
しかし、次の瞬間から心のなかで突っ込みが連打されるのだ。
本当に毎日通っているのかと疑惑が生じる常連さんたちの軽いぎこちなさ。
自暴自棄になった失恋ギャルに対して、子だくさん夫婦がいう「何でも言ってね」~からの~「他人のことはわからない場合もあるから、それは自分でやってね」とかなんとか。後者の辛らつなセリフはわざわざ言う必要はあるのか。そもそも、「何でも言ってね」と言い出したのはそっちなのに。
また、問題を抱えた親子に水縞夫婦はガンガン干渉し、彼らが食事している間じゅう聞き耳を立てて、時には凝視。しかも音楽なし、とことん静寂。
私なら、そんな張りつめた緊張感のなかで、絶対食べたくない。
そして、おじさんがいきなり立ち上がりアコーディオンを演奏しだしても、突っ込むのは観ている私だけ。しかし、みんなに見られていても、親子は堂々と激しくプライベートな愛情物語をお披露目する。サスペンス劇場のラストシーンか。
それだけじゃない。
そんな客数でほんとうにこのカフェはやっていけるのかと心配になった矢先、「学校にパンを届けてくるから」の言葉にホッとする。良かった!ちゃんとした収入源があるのだ。やたらサービスしてそうだし、「あ、バスが来た!コーヒーもらっていくわね」とかのたまい、紙ではない焼き物のコーヒーカップをもちだしサッサと店をあとにしちゃう常連さんなんかが、まともにお金払っている様子もないし。とーっても水縞夫婦の経済状況が心配になっていたのだ。
しかし、ホッとした次の瞬間、さらなる不安が私を襲う。
配達しているのは1つの学校。しかもその量が少ない。
でもまあ、いいや、そんなことよりも、
事情を抱えたパンが苦手な年配の夫婦には、ポトフとご飯じゃなくて、
ふっくら炊いたご飯と、お味噌汁とお漬物じゃないのか。老夫婦にまで繰り広げる、いちいち素敵カフェな演出に、思わず「ハイハイわかりましたご安心ください。もう十分におしゃれですよ」と言ってやりたい気持ちがムクムクとわいてくる。
でも……、
まあ……、
いいのだ。
原田知世さんは本当にかわいくて、大泉洋さんはなんだか星の王子様みたいでカッコよかった。パンも料理もコーヒーもワインも美味しそうで、カフェのなかはとても暖かそうだったから。
それに映画のなかで、ふとした場所から2百円を見つけた尚がヒツジと目があった際、軽く不敵な悪党面をして鼻で笑い、懐に入れたところばかりは、しっかりと笑いを運んでくれたし。
ちなみに撮影は、舞台となっている場所に実在するカフェで行われている。また、この映画は三島有紀子監督が矢野顕子with忌野清志郎の「ひとつだけ」にインスパイアされ、本作の脚本を書きおろしたとのこと。
ライター中山陽子でした。
しあわせのパン(2011)
監督 三島有紀子
出演者 原田知世/大泉洋/森カンナ/平岡祐太
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