誰でもない女/映画あらすじ・レビュー・ネタバレ(歴史の狭間で翻弄された悲しき女の人生)
誰でもない女 あらすじ
ノルウェー海軍で働く夫と娘とその孫、そして母と、愛情に包まれ穏やかに暮らしていたカトリ-ネのもとに、弁護士の男スヴェンが訪ねてくる。
カトリ-ネは、ドイツ兵とノルウェー人の母のもとに生まれたが、「生命の泉」計画によってドイツの施設で育てられ、成人してから母との再開を果した人物だった。
弁護士のスヴェンは、このことで政府を訴えるという目的を持っていた。
しかし、スヴェンの登場を機にカトリ-ネは密かに不審な行動を起こし始める。
誰でもない女 レビュー・ネタバレ
内容を封じておくと全く話が広がらないので、少しだけネタバレにて失礼します。
実際にあった歴史上の暗い影を描いたこの映画は、最初から最後まで、なんだか寒くて湿って陰気な雰囲気だ。
すこし偏見めいたことを言えば、製作国がドイツとノルウェーだから、より暗さが際立つのかもしれない。
しかし、暗過ぎて観る意欲が消沈したら再生を止めようと思っていたにもかかわらず、流れるような展開に見入り、気が付いたらラストシーンを迎えていた。
少しだけ脳裏をかすめたのは「ニキータ(1990)」で、その大人リアリティ版といった感じだろうか。
もちろん、事実に基づいているだけに「ニキータ(1990)」のようなドラマティックさは皆無だし、内容も雰囲気も全く違うが。
そして、暗さのなかには“家族のポケットのなかのような温かさ”や、寒い外気をまとって帰宅した家のなかの“フンワリした温かさ”があったのだ。
それゆえに、物語が進むあいだ不安になると、つい、その温かさを確認したくなる気持ちが生じた。
きっと、主人公のカトリ-ネも人生を送るあいだ、常にその温もりを感じ気持ちを落ち着かせ、なんとかやり過ごしたのだろう。
たとえ、それが偽りのうえに成り立ったものだとしても。
映画のなかで度々登場する「生命の泉(レーベンスボルン)」計画とは、ナチス・ドイツが第一次世界大戦以降に落ち込んだ出生率をあげるべく立ち上げられたもの。
また、同時に、ナチスにとって優れた人種とされた、金髪・碧眼(へきがん・青い目)という身体的特徴を持つアーリア人化を図るため、ヒトラーはナチ党員の男性に、ノルウェー女性と性交渉を持つよう奨励したのだという。
映画のなかで「生命の泉(レーベンスボルン)」について語られていることは、ほぼ実際にあったことのようだ。
ナチスの身勝手な政策のなかで生まれた子供はすぐに親から引き離され、生命の泉(レーベンスボルン)の施設へ送られてしまう。
しかし、ドイツ人男性とノルウェー人女性は単に受精するだけではなく、心を通わせることも多かったのだろう。
子どもを産んだノルウェー人女性は、当時のノルウェー政府によってドイツ人を愛した罰として強制収容所へ送られたそうだ。
もちろん、お互い愛し合っていなかったカップルだとしても、言いがかりをつけられて強制収容所に送られたであろうことは容易に想像できる。
愛を芽生えさせドイツ人と結婚までこぎつけたノルウェー人女性は、ノルウェー国籍まで剥奪されたそうだ。
また、殺されてしまった子どもも多く存在するらしい。
過去をほじくり返されたくない当事者たちの気持ちをよそに、イケメン弁護士スヴェンは「国に謝罪と補償を要求できるのだから、是非協力してほしい」と食い下がる。
以前は不可能だったことも、東と西が統一したドイツでは可能になったからだ。
ここで既に、カトリ-ネに感情移入している私にとってスヴェンは失礼でしつこい弁護士だ。
自分の絶対に明かせない秘密が明るみに出るのではないかと、カトリ-ネは恐怖にさいなまれる。
しかし、彼女は単に保身のため恐れているのではないのだろう。
自分がずっと欲しかった家族の温かさを味わってしまったためだ。それを失うのが、何よりも恐ろしいのだ。
しかし…ド派手なアクションで観客の心を躍らせるスパイ映画とは違い、現実のスパイはスーパーマンじゃない。
過酷で地味で非情な世界のなかで限りある力を振り絞り、必死に探り合い騙し合い、結局は無情という森に迷い込むのだ。
主役のカトリ-ネを演じたのは、ユリアーネ・ケーラー。
冒頭から、その演技力とともに注目したのは、膨らみのあるコートや、クラシカルで品の良い時計、カヌーを漕ぐときのザックリとしたニットや、シンプルなのに何故かエレガントに映えるネックレスの重ねづけ。
なんというか、とても質が良くてセンスのいいファッションが魅力的だった。
ノルウェー海軍で働く夫との場面場面で、2人のあいだに深い愛情があることを示している。
信じていたものが偽りだったとしても、常にそこに感じられた温かさは紛れもない真実ではないか…と思うが、当事者であればそう簡単に受け入れらるものではないだろう。
旧東ドイツがノルウェーの一般家庭に潜入させたスパイは確実に存在した。
そして、今もその残党が生きているとのこと。事実は小説よりも奇なり。
映画と現実の狭間でROCKするライター中山陽子(gatto)でした。
誰でもない女(2012)
監督 ゲオルク・マース
出演 ユリアーネ・ケーラー/リヴ・ウルマン/ケン・デュケン/スヴェーン・ノルディン
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