ヒッチコック（アンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレンの名優２人が魅せるサスペンスの巨匠を斜め上から眺めた物語）

ヒッチコック　映画あらすじ

作品がヒットしても批評家たちからは評価を得られず、自分自身も映画作りを楽しめない状況に漫然としていたサスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックは、ある異常犯罪者エド・ゲインの存在に目をとめる。
そこで、彼はその人物が起こした事件をヒントに「サイコ」という映画をつくろうと思い立つが、映画会社も、映画倫理委員会も、その内容や表現方法に難色を示す。

そんななか、ヒッチコックにとって最大の理解者であり、人生のパートナーとして陰で支えてくれる、妻のアルマともギクシャクし始めてしまう…。

ヒッチコック　映画レビュー

この映画は、ご存知サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックが、サスペンスの金字塔といわれる名作「サイコ」を製作する際の舞台裏を描いた作品。

しかも、アルフレッド・ヒッチコックを演じるのは、同じくサスペンスの金字塔として必ずあげられる映画「羊たちの沈黙（1990）」で、ハンニバル・レクター博士を演じ、世界中を恐怖で魅了した名優アンソニー・ホプキンス。

だが、この映画で注目すべき人物はヒッチコックだけではない。
彼を生涯支えた妻、アルマの輪郭がしっかりと描かれているのが非常に興味深い。
おまけに彼女を演じるのはヘレン・ミレン。極端にいえば、どんなにひどい作品であろうと、この２人が演じるなら良作になりそうな勢いだ。

正直なところ、ヒッチコック映画は好きだけれど、よくある“実在の人物を描いた映画”に、さほど興味がない私に鑑賞意欲をわかせたのは、この２人の存在があったから。
そして、その期待はまったく裏切られず、それ以上に２人の演技力を堪能することができた。

物語そのものは、サスペンスの神様という異名をもつアルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコックが、気分的な停滞感を打破できると信じた作品を、なんとしても世に出すため、妻であるアルマ・レヴィルとぶつかり合いながらも助け合い、数々の難関を潜り抜けていくというもの。

そのため、“ヒッチコック”というタイトルだからといって、なにかサスペンス的な要素があるのではと期待したら肩透かしを食う。
この映画は、紛れもなく“長年連れ添った夫婦の微笑ましい奮闘記”なのだ。

自分の金髪女優好きや、監視や覗き見などの“ささやかな変態性”は棚に上げて、常に陰で支えてくれる妻の浮気を疑い、子供のように激しく嫉妬するヒッチコックが、もはや可愛く見えてしまうからアンソニー・ホプキンスの演技は底恐ろしい。

サディスティックな一面を、有名な「サイコ（1960）」のシャワーシーンで表現する際も、レクター博士のように知的で刺さるような狂気ではなく、子供が駄々をこねて起こす癇癪のように演じていた。
あ～あ、そんなにフォアグラがっついて食べていたらぶっ倒れるぞと思っていたら、案の定ぶっ倒れるし。
（だが、倒れたのは高級食材爆食いのせいではないようだ）

しかし、そんなサスペンスの神様を支えるアルマこそ、神以外のなにものでもない。
子供のように駄々をこねる巨体の天才を正論で一蹴し、うまくコントロールして、脚本を書いたり、編集したり、的確なアドバイスをする。

それに、実際の人物は正直よく知らないのだが、ヘレン・ミレンが演じたアルマ・レヴィルは、限りなく芯が強くて、しかも優しくてエレガントだ。
実際、この夫婦は現実においても生涯を共にしたそうだ。
あれだけ金髪美女が周囲にいても、結局、彼にとってアルマほど価値のある女性は、ほかには居なかったのだろう。

あまりにも有名で手の届かない人物でありながら、多くの作品を目にすることで身近にさえ思えていたサスペンスの神様像、そして、今まで広くは知られていなかった名作の舞台裏、また、ヒッチコックの妻という存在を知ることができる作品としても価値があるが、そのすべてを取っ払って、名優たちが演じる熟年夫婦の温かいラブストーリーとして素直に感動することも、この映画を楽しむ醍醐味かもしれない。

自分の一番のお気に入りシーンは、苦境のなかで決起したアルマが、多分節約のため隠していたものを太っちょヒッチコックが食べることを許し、不屈の精神に導くところ。粋で、夫婦の絆を感じて、しかも頼もしかった。

また、ジャネット・リーを演じるスカーレット・ヨハンソンもグラマラスで美しく、秘書を演じたトニ・コレットも相変わらずいい味を出していたので、その辺りも楽しみながら是非ご賞味あれ。

映画と現実の狭間でROCKするライター中山陽子（gatto）でした。

ヒッチコック（2012）

監督　サーシャ・ガヴァシ
出演　アンソニー・ホプキンス／ヘレン・ミレン／スカーレット・ヨハンソン／トニ・コレット

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