【駆込み女と駆出し男】
笑って泣いてテンポ抜群の時代劇
駆込み女と駆出し男 映画あらすじ
江戸時代の鎌倉。女性からの離縁申し出が困難な時代。駆込み寺として幕府の公認を受けている東慶寺には、離縁を求めてさまざまな女たちがやってくる。そこで数年間修行をすれば離縁が認められるのだ。女性たちが抱える複雑な事情は、御用宿のひとつ柏屋で聞き取り調査が行われた。そんなとき柏屋に居候していた信次郎は、柏屋の主・源兵衛から聞き取り調査を行うよう命じられる。医者見習いであり、戯作者(江戸後期の通俗作家)を夢見る信次郎は、機転を利かせてワケあり女たちをあらゆる方法でサポートする。
駆込み女と駆出し男 映画レビュー
映画が始まるとすぐに、満島ひかりさん演じる「お吟」の艶っぽさに目と心を奪われた。そして、あれよあれよという間に、143分ある長い上映時間が過ぎてしまったのだ。とにかくテンポよく面白くて痛快で飽きない。そして、心地よい風に吹かれ、陽だまりを歩くような爽やかさもある。登場人物のほとんどが良心をもっており、性根まで腐った人物が数少なかったせいだろう。
そもそも、筆者が大ファンである大泉洋さんの演技は観ずとも期待を寄せていたのだが、思いがけず満島ひかりという女優さんに興味を抱くきっかけになった。彼女が演じた、堀切屋三郎衛門の愛人「お吟」という女の所作、振る舞いすべてが婀娜(あだ)めいていた。とても研究したのだろう、まだ若い女優さんなのに、酸いも甘いも知る百戦錬磨の女にしか見えないのである。そして、その「お吟」という女の凛とした生き方にも惚れてしまった。
とまあ、あまりにも印象的なので映画の内容よりも先に「お吟」について熱く語ってしまったが、先述のとおり映画は時を忘れて引き込まれるほどの面白さだった。なお、原案である井上ひさし氏の小説『東慶寺花だより』は短篇集だが、映画はそれをアレンジして上手くひとつにまとめたようである。そのため、ワケあり女たちのエピソードがそれぞれ奥深く、しっかりと泣かせて笑わせてくれた。
江戸時代後期、妻から夫に離縁を言い渡すことができないというふざけた状況があったため、東慶寺はある意味家庭裁判所のような役割を果たしていたとのこと。映画でも描かれていたが、ヤクザ者と縁がある女が駈け込めば乗り込まれることもあったろうに。セキュリティ面はどうしていたのだろうと少し心配になったが、そこは後ろに幕府が構えているということで、ならず者の襲来を抑止していたようだ。
また、この映画の題材である「縁切り寺」以外にも、物語を盛り上げる時代背景がたくさんあった。
たとえば、商人の贅沢を禁止する質素倹約令だ。映画のはじめ、お吟が堀切屋三郎衛門に「いい男だねえ」的なことをしみじみ言っていたのは華やかな宴が繰り広げられていた高級料亭だった。そこで腕を振るっていたらしき寿司職人が、のちに南町奉行の妖怪こと鳥居耀蔵に、「おめえら贅沢なんだよ」と理不尽な刑を言い渡されるのだ。
当時の「一汁一菜令」だの「おかず禁止令」だの、今聞くと冗談みたいな法令だが、映画のように極刑を言い渡されたとしたら冗談じゃない。その倹約令をかいくぐるために生まれた岡山の「バラ寿司(豊富な食材をメシに混ぜ込んで隠す)」や島根の「うずめ飯(豊富な食材をメシの下に隠す)」などは、命がけで食べる旨いもんだったのだ。
ちなみに、昔「お寿司」は立ったまま簡単に食べるファーストフードだったが、屋台と高級店路線に二分し、結果的には衛生面などで屋台が衰退して高級店だけが残った。そのせいで「お寿司は高級」ってなことになったらしい。まあ、今となっては再び「安くて回るお寿司」と「高くて回らないお寿司」で路線が二分しているけれど。
また、曲亭馬琴の書く『南総里見八犬伝』が大人気で、その完結編をまだかまだかと世間が待ち望んでいたという背景も、うまく登場人物たちの物語に絡まっていた。ちなみに曲亭馬琴は、日本で初めて原稿料だけで食べていくことができた人。書くことを仕事にしている身としては、そのあたりも感慨深いのである。ちなみに、曲亭馬琴を演じているのは山崎努さん。風の金兵衛(じょごの祖父)を演じた中村嘉葎雄氏との会話シーンは、あまりに凄味のある2人の役者さんだけに、その部分だけが切り取られていたかのように印象的だった。
この映画に至っては書くことが多くて困ったものだが、最後に先述した人物以外の魅力的なキャラクターたちをご紹介。
一見屁タレで“おっちょこちょい”だが、実は誠実でまじめで勇敢で、おまけに頭が良くて想像力も豊かな中村信次郎(大泉洋)。とにかく忍耐力があり、なんでも手際よく行う才がありながら、努力と学ぶことを怠らない女じょご(戸田恵梨香)。女性ながら精悍で心は清らかな戸賀崎ゆう(内山理名)。なんでもお見通しの三代目柏屋源兵衛(樹木希林)。疑うことを知らないけれど先見や人を見る目がある法秀尼・院代さま(陽月華)。柏屋で源兵衛をサポートする情にあふれたお勝(キムラ緑子)と利平(木場勝己)。女が惚れぬく強味(きつみ)と渋味がついた堀切屋三郎衛門(堤真一)……。
ああキリがない。なにはともあれご賞味あれ。
ライター中山陽子でした。
駆込み女と駆出し男(2015)
監督 原田眞人
出演者 大泉洋/戸田恵梨香/満島ひかり/内山理名
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