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CINEMAバリQ

【スイス・アーミー・マン】
おならを軸に思わず笑い泣きしてしまう映画

孤独な青年と多機能死体「スイス・アーミー・マン」

【あらすじ】

無人島でひとり救助を待ち続けていた孤独な青年ハンク。誰も助けに来ないのでついに絶望し、自ら命を絶とうとしたそのとき、波打ち際にビジネスマンらしき恰好をした男の死体が流れ着いていることに気づく。その死体からはガスが放出されており、みるみるうちに勢いを増していった。そこでハンクはジェットスキーさながらその男の死体にまたがり、意気揚々と無人島から脱出したのであった。

青年の絶望を救った屁「スイス・アーミー・マン」

【レビュー】

スイスアーミーナイフと言えば、創業から130年以上というビクトリノックスが有名です。スイス陸軍に採用され世界に広まった多機能ナイフは、米人気ドラマの主人公、冒険野郎マクガイバーの愛用品としても知られています。

当時の軍隊が野外で必要とした機能――ナイフ、ハサミ、ドライバー、やすり、コルク抜き、缶切り、ノコギリなどが備わっているので非常に便利ですが、気軽に持ち歩けるものではありません。日本では銃刀法や軽犯罪法の規制対象になることがあるため注意が必要です。

この映画のタイトル「Swiss Army Man」は、孤独な青年が出会ったメニーという名の死体が、スイスアーミーナイフのようにジェットスキー、水筒、シャワー、カッター、髭剃り、銃、斧、バーナー、あと会話(!?)といった多機能を備えていることに由来しています。

いや……、でもそれ、スイスアーミーナイフを余裕で上回る機能でしょ。ていうか、ハイスペックだろうとなんだろうと死体持ち歩いていたら間違いなく連行されますから。

この物語では、どういうわけか生体のハンクと死体のメニーが強い友情で結ばれていきます。ただし、物語の軸はあくまでも「屁」。ハンクが無人島から脱出できたのも、友情が生まれたのも、物語に哲学がにじみ出たのもメニーの体内ガスのおかげです。

おならを人前でこいたら失礼だし恥ずかしい。でも実際には人間誰でも屁をこいている。それは腸が動いている証拠だし、放出しなければ身体を悪くする。人間は生きるうえで大切な生理機能を、恥ずかしがる不思議な生き物です。

メニーはこんな意味合のことを言いました。「君が(僕が)人から見てどんなに変わっていても、周囲から浮いていても、誰かがそれでいいと言えば、みなでダンスを踊り出す(楽しく生きれる)」

そしてハンクは勇気をふり絞り、人々の前で屁をこきます。

サンダンス映画祭ではこの映画の奇抜さや下品な表現についていけず、途中退席した観客も多かったとか。でも筆者は、誰の目にも映らない透明人間のような孤独な青年と、多機能だけどちょっと気持ちが悪い死体のメニーという、世間では一切受け入れられないような2人が、自分らのすべてを受容し怖いものがなくなって奇跡を起こし、人々を(かなりワケわからん状況で)圧倒したときに「やったぜ」という気分になりました。

【登場人物と出演者】

ポール・ダノさん演じるハンクは、無能と言われ続けて育った、とても自尊心と自己肯定感が低い青年。エロ本を見つけてモジモジしたり、赤い実を見つけてワクワク足踏みしながら収穫したり、メニー水筒の水を恐々飲み歓喜したりする姿がメチャかわいいです。

ダニエル・ラドクリフさん演じるメニーは、ハンクが絶賛する多機能死体。この映画の笑いの大半はメニーがつくり出します。かわいらしかったハリー・ポッター君が、いまや尻を見せコルクをはめられ股間を羅針盤にされ。だからこそ筆者はこの俳優さんが大好きになりました。

メアリー・エリザベス・ウィンステッドさん演じるサラは、ハンクが恋する女性。いわゆるハンクとメニーの対岸にいる人間たちのひとりです。彼女のラストシーンでの一言は、あんな光景を見たら誰もが言いそうな当たり前の一言でしたが、なんともいい味を出していました(笑わせてもらいました)。

リチャード・グロスさん演じるハンクの父親は、ハンクの自尊心と自己肯定感を下げた張本人。でも、よくわからんが最後の最後で好感度がググっと高まりました。やっぱり父親だよね、というか、ほんと「いったいなんなんだよ(笑)」です。

【結論】

笑いがこみ上げて、ちょっと悲しくて、少し勇気がわいて、心が温かくなる、ものすごーく下品な愛すべき映画です。

ライター中山陽子でした。

スイス・アーミー・マン(2016)

監督  ダニエル・シャイナート/ダニエル・クワン
出演者 ポール・ダノ/ダニエル・ラドクリフ/メアリー・エリザベス・ウィンステッド/リチャード・グロス