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CINEMAバリQ

【Mr.ノーバディ】 冴えないオッサンの微妙な旨味が満載のアクション・スリラー※ネタバレあり

みなに軽んじられ、ゴミさえも捨てられない中年男。でもじつは……!

【あらすじ】

「あーあ、今日もゴミを出せなかった……」

そんなパッとしない日々を、ただただ同じように過ごすハッチ・マンセルは、義父が経営する会社で働く冴えない中年の会計士。彼の日常は、妻にベットでバリケードをはられ、息子に軽んじられ、妻の弟や隣人に見下され、町の警官にさえもバカにされるような毎日であった。しかし、その都度見せる自信なさげな表情は、「強さ」に対してではなく、「普通」に対する自信のなさの表れだったのだ。

そうしたなか、幼い愛娘がなくした「猫のブレスレット」に端を発し、ハッチは本来の自分を呼び覚ます。

間・表情・音楽・アクションすべてよし

【レビュー】※ネタバレします!

● ハッチ・マンセルという男

物語のスタートは、タバコの煙を燻らせる傷だらけの主人公、ハッチ・マンセルが映し出されるところから始まります(猫もいる)。恐らく、何かとんでもないことが起こったはずなのに、この中年男はまったく動じていない様子。カッコいいのか、カッコ悪いのか、なんだかよくわからんが、少し乾いたような色気は何気に放っている感じ。

そして――いったん物語は、ハッチのダメダメな日々(過去)に戻ります。そこに映し出されるのは、妻にも息子にも嫌われた、とことんカッコ悪い男の姿。(じつは明白な理由があったのだが)強盗に入られてもなお、まーだ煮え切らない態度続行です。どんだけ~。

でもこの、異常なまでのカッコ悪さが、なおかつ周囲の人々のハッチに対する異常なまでの蔑みっぷりが、この物語の終盤の盛り上がりを、圧倒的なものにしているわけです。

なぜならば、ハッチは政府の各機関で最も恐れられた、「会計士」と呼ばれるヒットマンであったから。会計士は(政府がその存在を認めないがゆえに?)決して逮捕できないので、関係した者は全員始末されてしまいます。だから彼は自分を「nobody(誰でもない)」と言うしかありません。

“最後のマカロニ・ウェスタン”と呼ばれる名作『ミスター・ノーボディ(1973)』と同じタイトルにするなんて、何を考えているんだ、いい度胸だな、と最初はケンカ腰にこの映画を観始めましたが……、

家族思いで、病気の赤ちゃんをもつ夫婦はボコボコにできない、超やさしい殺人マシーンのハッチが、悪人相手にキレまくり始めてからは、完全にノックアウトされてしまいました。

● ボブ・オデンカークという俳優

主人公のハッチを演じるボブ・オデンカークさんは、どちらかというと表情が豊かなほうではありません。いつも「まいったな~。どうしよう~」という表情をしているような気もします。それなのに、演技もアクションもその佇まいも、どこか不思議な魅力をもっているんですよ。

ムキムキでもなく、イケオジでもなく、自信も体力もなさそう。それでいて哀愁たっぷりで、なにかすべてを見通したような目で、常に説得するような話し方をする。そして、決して感情的にはなりません。ひたすら穏やかなのです。

また、自分の素性については仕方なく黙っていましたが、基本的に、自分の感情には正直です。だから、どうにもこうにも親しみやすい。生身の体で強化ガラスと爆弾で、悪党めがけて突っ込んでも、なぜか、親しみを感じてしまうのです(マジか)。

● 家族たち

この映画の見どころは、冴えない中年男がキレッキレじゃないけどプロフェショナルな戦闘スキルで、バッタバッタと悪人を倒していくことですが――それだけでなく、その人物に大切な家族が存在し、なおかつその彼らも、非常に魅力的であることです。

たとえば老人ホームでの生活を、それなりに楽しんでいた最強パパ(クリストファー・ロイド氏)や、ボヤキながらもチョイチョイ助けてくれる、凄腕スナイパーの異母兄弟(RZA氏)など。

そして、いつもの美しさがいまいち生かされていなかったのが残念だけど、コニー・ニールセンさんが演じた、母として強く、妻として情と懐が深い、ハッチの妻もじわじわ素敵でした。

加えて言えば、家族じゃないけど、完全なる社会病質者である敵のユリアン(アレクセイ・セレブリャコフ氏)も、キレたハッチにそこそこ対応できるくらいの、イカれた好敵手でよかったです。

● 音楽

なお、この映画で絶対に無視できないのが、絶妙なタイミングで流れてきた数々の、懐かしくて素晴らしい音楽たちです。

冒頭のNina Simone – Don’t Let Me Be Misunderstoodに始まり、The Impossible Dream、What a Wonderful World、 I Gotta be Me、You’ll Never Walk Aloneなどなど、もう「参りました」のひとことがふさわしい。

特に、カーアクションにHeartbreakerをぶち込んできた暁には、アドレナリンが大量に放出しました。ジェイソン・ステイサムさんは出演していませんが、恐らくみなさまも中盤から、アドレナリンが止まらなくなると思われます(褒めすぎかしら……)。

(ライター中山陽子)

Mr.ノーバディ(2021)

監督 イリヤ・ナイシュラー
出演者 ボブ・オデンカーク/コニー・ニールセン/RZA/クリストファー・ロイド