1月の平均買取価格 10,508 円
平均買取点数268 点、お客さま1件あたりの平均買取実績です。

CINEMAバリQ

【シビル・ウォー アメリカ最後の日】
なんかいろいろ思い当たるけど…… ※ネタバレあり

超大国アメリカを崩壊へと導く内戦、その衝撃の物語

【あらすじ】

就任3期目に突入し、FBIの解体や、市民への空爆命令などの独裁的な暴走を始めた大統領に反発し、19の州が連邦政府から離脱。結果、国は内戦の渦に巻き込まれていく。

ワシントンD.C.の陥落が目前に迫るなか、ニューヨークでは4人のジャーナリストが、大統領への単独インタビューを試みるべく、ホワイトハウスを目指すことを決意。

その彼らを待ち受けていたのは、狂気に呑み込まれた人々と、異常な現実に対して無関心を決め込む者たちの異様な姿だった。

分断の果てにある驚愕の未来というか、かなりイラつく新米写真家の成長記録かな?

【レビュー】※ネタバレします!

● 戦争の恐怖で正常性バイアス始動? 冷静な人々の異様な姿

私たち人間には「正常性バイアス」があります。それは、異常を正常の範囲内だととらえてしまうこと。不安を減らし、心の安定を保つメカニズムですが、災害時には「まだ大丈夫、平気」などと思い込んでしまい、大変な事態を過小評価してしまう危険性が伝えられています。

その言葉を、なんとなく思い出すシーンがありました。

4人のジャーナリストがホワイトハウスへ向かう途中、やたら平和な町を通るのです。その町のブティックで、本を読みながら店番をしている若い女性がいました。

ジャーナリストのひとりが「内戦なのは知ってる?」と質問すると、彼女はさもない様子で「知ってるわ。関わらないようにしてる」とかなんとか答えたわけです。

そして、さらに印象的なのは、細部は適当ですが、あるシーンでのこんなやり取りです。

  • ジャーナリスト:「あいつらはどこの人間だ?」
  • 戦闘服を着た恐らく軍人ではない人:「俺たちを撃ってくる人間だ。そうかお前は頭が悪いんだな。(誰だか知らないが)向こうは俺たちを撃ってくる人間。俺たちは、そのあいつらを撃っている」

もはや、敵か味方かさえも関係ありません。ただ殺し合っているんです。まあ、その最たるものは、ラストの死体の前でニッコリ記念撮影ですが。

● ほとんどキャラクターに共感できず

前段のとおり、この映画は1から10までが不愉快。キャラクターにも共感できません。唯一共感できる情がある人(老記者)は、野心たっぷりな新米写真家の浅はかな行動のせいで撃たれ、死んでしまいました。

主役のベテラン戦場カメラマンのリーは、終盤にかけて人間らしくなっていきましたが、その人間らしさはある意味「病む」ことでした。彼女も野心たっぷりな新米写真家のように生きてきたのです。封じ込めていた人間らしさが、雪崩のように押し寄せてきたのかもしれません。

あとのふたり(記者と新米写真家)は結果として、「内戦という異常な事態だから」と百歩譲っても好きになれませんでした。

しかし、監督のアレックス・ガーランド氏は、この新米写真家のキャラクターが「勇敢だ」と褒めています(参考:MOVIE WALKER PRESS)。あのイラっとくるキャラクターに好意的なのです。まあ、そうじゃなければ、あんなルーキー感たっぷりな描き方はしませんよね。

ですから、「分断の果てにある驚愕の未来というよりも、かなりイラつく新米写真家の成長記録かな?」なんて思ってしまいました。

● 素晴らしい演技を見せてくれた人

ただ、不愉快を超越し、素晴らしい演技で唸らせてくれた役者さんもいます。それは、主役のリーを演じたキルスティン・ダンストさんの、実生活での夫、ジェシー・プレモンスさんです。

同氏は、映画のなかで赤いサングラス&武装した姿で登場し、ジャーナリストたちを真にフリーズさせました。つまり、本当に怖い人間を演じたのです。

その赤いサングラス男は、内戦を機に、持て余していた狂気を存分に発揮している様子。重なるように捨てられた死体は、恐らくその男(と仲間たち)の極右思想主義にそぐわなかった、罪のない人々です。

何が怖いって、薄笑いのような、何か妙な表情で、不思議なほど間を置くこと(そんな印象でした)。まるで、少しでも動けば化学反応を起こして爆発しそうな雰囲気。とにかく怖い。

到底話など通じるはずがありません。ガンジーは、「人の声が届かないほど遠くにも、静かなる善意の声は届く」と言った。でも、この男には「善意の声」を認識する能力さえないでしょう。

非常に短い登場シーンで、ここまで思わせたジェシー・プレモンスさんは、急遽この役を頼まれて引き受けたといいます。よくぞ(変な役柄だと思っただろうに)引き受けてくれました。この方が演じる作品は、これからも要チェックです。

● 気になるから観てしまう

これまでにお伝えしたように、ジェシー・プレモンスさんの圧巻の演技以外、人間らしさを失った人々や、人間らしさを取り戻し、病んでしまった人を見るのは、とてもしんどかったです。

無謀さと図々しさと野望でできたミニ竜巻で周囲を蹴散らし、だんだん大きくなっていく新米にはイラつきますし。

それでもこの映画を最後まで観てしまったのは、やはり気になるからなのです。これからアメリカは、いったいどうなってしまうのか。

映画は「これって、あの人のこと?」を仄めかしつつも、その特定を避けるためか、テキサス州(共和党多い)とカリフォルニア州(民主党多い)からなる西部勢力と、連邦政府による内戦といった具合に、ありえない構図を軸にしています。

それでも、猛烈な皮肉が込められていると感じるのは、きっと私だけではないでしょう。

(ライター中山陽子)

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

監督:アレックス・ガーランド
出演者:キルスティン・ダンスト , ヴァグネル・モウラ ,  スティーヴン・ヘンダーソン, ケイリー・スピーニー ,