【ロードハウス/孤独の街】
パトリック・スウェイジ版(1989)とジェイク・ギレンホール版(2024)を観比べてみた。 ※ネタバレあり
『ロードハウス/孤独の街』あらすじ
『ロードハウス/孤独の街』レビュー※ネタバレします!
● パトリック・スウェイジ版(1989)の「ダルトン」は自信たっぷりなプロフェッショナル
パトリック・スウェイジさんがこの映画の主役(ダルトン)を演じた1989年版では、ダルトンが元から伝説の用心棒という設定でした。しかし、ムキムキのゴリゴリ系ではなく、哲学の学位をもつ知性派であり、物静かで、精神性を重んじる武道家であることが描かれています。
その設定も含め、ブルース・リー氏への意識やオマージュが所々に見られましたね。戦うシーンの構え方とか、軽い足踏みとか。あるいは朝方、上半身裸になって武術もしくは太極拳の「型」を練習するところとか。実際に、リー氏も哲学を専攻していたという話です。
そして、ここからが “いかにも” 80年代。
いずれの年代のダルトンも人を殺めたことで自分を責め続けていますが、こちらのダルトンは、それが「恋愛がらみ」です。また、病院で患者として出会い、ダルトンがひと目で惚れちゃった女性医師も金髪の白人女性という “いかにも” な感じ。
自信に満ちあふれ、プロの用心棒に徹している80年代版のダルトン。用心棒を請け負う職場(酒場)が安定するまで尽力し、自分が助ける必要がないと判断すれば、あっさりと去ります。また、用心棒としてスカウトされた際には、自らそれ相当の条件を提示するようなプロ意識の持ち主です。
そして、いつもはオンボロ車に乗っているけれど、80年代版ダルトンの実際の愛車はベンツでした。ただ腕っぷしが強いだけでなく、哲学の学位を持ち、高額な報酬を稼ぐ「知的で高レベルな用心棒」という位置づけだと思いますが、その象徴がベンツというのが80年代らしいな、という印象です。
加えて言えば、やたら人々がタバコを吸う、身体が資本の仕事なのに夜通し酒を飲む、あるいは、やたら女性が胸をポロリしていたことも “いかにも” 80年代な部分です。なんとなく、当時の芸能人大運動会を思い出してしまいました(違うか)。
● ジェイク・ギレンホール版(2024)の「ダルトン」は丁寧で控えめなファイター
一方で、ジェイク・ギレンホールさん演じるダルトンは、(対戦相手を死なせた)過去のトラウマを抱えた「元UFC(総合格闘技)ファイター」という役柄です。
哲学専攻云々は語られていませんが、物静かで知性派な要素は同じかもしれません。ちなみにジェイクさん本人が、コロンビア大学で東洋宗教と哲学を学んだという話です。何か、つながっている感じですね。
とはいえ、ビジュアルも雰囲気も大きく違います。
パトリック・スウェイジさん演じるダルトンは、終始ムキムキセクシーボディを観客に見せつけ、金髪美女とイチャイチャするシーンも多く描かれていましたが、ジェイク・ギレンホールさん演じるダルトンのほうは、いつもひとり何かを考えているタイプです。
ボディもムキムキセクシーというよりは、「カッチカチやな」という感じの、なんか硬い感じのボディでした(タイトなアーマーみたいな)。
いい雰囲気になった女性も、金髪の白人ではなく、ブルネットのラテン系美女。こちらも医療関係の女性ですが、イチャイチャするシーンはほとんどありません。
むしろ、書店を営む優しそうなお父さんのお手伝いをしている、ちょっとおしゃまな少女との交流のほうが多かったかもしれません。
そして、80年代版との大きな違いは、現代版に「自信満々な振る舞い」が一切なかったことです。自分の強さというか、内に秘めた狂気を知っているからこそ、終始控えめで丁寧で、穏やかです。
敵を叩きのめす前に、とりあえず相手の医療保険の心配をしていたことも、自ら病院に搬送したことも、ちょっと奇妙で可笑しくて、印象的でした。
用心棒のスカウトにも乗り気ではありません。対価も自分で示したわけではなく、先方から「これでどうだ」と提示されたようなかたち。つまり、用心棒のプロフェッショナルとしてではなく、仕方なく流れでそうなったという状況です。
こうした重点の置き方の違いは、明らかに時代背景が大きく影響していますよね。
● 時代背景の違いを比べてみよう
1980年代と現代では、世の中の背景が根底から違います。たとえば——
1989年はバブル絶頂で消費税(3%)が始まり、日経平均は3万8千円台の最高値を記録しました。ベルリンの壁崩壊など、世界が平和へ向かう「平成」の幕開けでもありました。「ハンディフォン」が発売され、携帯電話の黎明期も迎えていましたよね。人々にとってまだ携帯電話は身近ではなかったので、それよりも「ゲームボーイ」に夢中という感じだったかもしれません。
スマホはおろかインターネット自体が普及していない時代であったため、音楽や動画の配信などは当然なく、テレビドラマや映画発のヒット曲や、消費の流行を、みなが同じように追いかけていたように感じます。ディスコの踊りも同じでしたからね。「みな同じそぶり」「誰かと似た身なり」は、映画公開の数年前のサザンの曲の歌詞です。
一方の現代は——
消費税10%の負担に加え、長引く物価高と原材料費の高騰が、日々の生活や店舗経営に深刻な影響を与えています。株価は乱高下を経て当時の水準を回復していますが、物価上昇が先行しているため多くの生活者に豊かさの実感はありません。加えて国際紛争が絶えず、気候変動と異常気象の増加もあり、人々の不安は強くなる一方です。
また、スマホとAIが生活に不可欠なデジタル社会となり、働き方も多様化しました。エンタメや音楽はサブスクでパーソナライズされ、個人のイヤホンで深く共感するスタイルへ変化しています。
つまり、大雑把に表現すると、1989年から現代への変化とは、「浮かれた大衆」から「慎重な個」への変化、といったところ。
こうした違いは、ラストシーンにも表れています。
● 80年代版は潔いほどの「ご都合主義」・現代は「共有と協働」のラストシーン
1989年版では、町の人がみなで悪者の抹殺行為を堂々と隠蔽し、ハッピーエンドで幕を閉じます。なんで死体だらけの悪人宅で、その場にいた町の人々が「何も見ていない」と言うだけで済むのかわかりませんが、とにかく幸せそうな雰囲気で幕を閉じます。
途中、怒りを爆発させたダルトンが悪人を抹殺したとき、その場にいた金髪美女の医師が、一時彼を拒絶していたはずでしたが……。ラストシーンでその数倍も抹殺していたのに、なんかその拒絶感はどこかに置いてきたようで、相変わらずイチャイチャしていました。
しかし、この潔いほどの「ご都合主義」で強制的なハッピーエンドを迎えるのは、まったく嫌じゃありません。正義の主人公が悪党を倒して町に平和を取り戻す、非常にわかりやすくて爽快な、勧善懲悪の西部劇を見せられたようなもの。
それに、この80年代ダルトンは、目上の人に敬意を払って大切にするし、友情にも熱いので好感度は低くありません。ハッピーエンド万歳。
そして一方の、2024年版のダルトンは、終盤に向かうにつれ、その狂気が姿を現します。彼が恐れていたのは、暴走すると何をしでかすかわからない自分。その苦悩が、やけに控えめで物静かな、でも少し得体のしれない雰囲気をつくっていたというわけです。(まあ、ギレンホールさん特有の雰囲気でもありますが)
そして、こちらのダルトンは、決してラストシーンで美女とイチャイチャなんてことはしません。単純な大団円でもありません。相手は悪者とはいえ、その手で一掃したわけですから、普通なら警察に捕まってしまいます。よって、彼はその場を去るしかない、という現実的な流れです。
しかし、幼い友達とそのお父さんに、つまり善人に贈り物をすることは忘れませんでした。ここはホッとする、好きなシーンです。
いつの間にかそこに置かれた札束を目に、虐げられてきた善人が呆然とするラストシーンって、いいですよね。感情移入していたキャラクターがやっと報われる場面です。トーマス・ジェーンさん版の映画『パニッシャー』(2004)のラストシーンでも、命をかけてフランクを守ってくれた3人組に、大量の札束が贈られていました。
そして、忘れてはならないのが、現代版のこのシーン。
最後の戦いでグチャグチャになったバーの、オーナーとスタッフらはしばし、その惨状に唖然としますが……。「店やってる?」と聞かれて(あの状況で聞く客もすごい)、ハッとして、「もちろんよ」的な答えを返します。
客が来れば拒まない。意地でも開店する。どんなに困難な状況や厳しい試練に直面しても、みなで協力し合いながら、強い意志を持って立ち向かう。そんな、力強くしなやかな姿が描かれていました。
いまこの、先の見えない現代において、欠かせない姿勢です。
まあ、というわけで——
80年代版は潔いほどの「ご都合主義」、現代版は「共有と協働」という感じでした。
● 現代版にウェイドはいないが、イカれたおっちゃんはいます。
なお、80年代版にはウェイド・ギャレットという、ダルトンの用心棒仲間であり、親友でもあり、メンターでもある落ち着いた年齢の人物が登場します。この役柄をサム・エリオット氏が演じていたので、非常に魅力的で印象深いキャラクターになりました。
現代版に、このキャラクターがいなかったのは寂しく感じられましたが、結末が同じなら悲しすぎるので微妙かもしれません……。
その代わり現代版では、アイルランドの総合格闘家コナー・マクレガーさん演じる、ノックスというイカれ筋肉男が登場します(なんか胸の位置が異常に高い)。こちらのキャラクターは、最後 “ケツ出し” で締めていましたし、けっこう笑わせてくれました。
80年代版と、現代版、見比べてみると色んな違いがありますね。
(ライターgatto)
『ロードハウス/孤独の街』
(1989)監督:ローディ・ヘリントン
出演者:パトリック・スウェイジ , ベン・ギャザラ , ケリー・リンチ , サム・エリオット
(2024)監督:ダグ・リーマン
出演者:ジェイク・ギレンホール , ダニエラ・メルシオール , コナー・マクレガー , ビリー・マグヌッセン


