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CINEMAバリQ

【CURE】
誰にでもある「不満」を「殺意」に変えるサイコスリラー ※ネタバレあり

『CURE』あらすじ

被害者の首から胸にかけて、X字型に切り裂かれるという猟奇殺人事件が発生。同じ手口が続いていることから、刑事の高部は精神科医の佐久間に分析を依頼する。

だが不思議なことに、同じ手口でも加害者は別々の人間で、加害者同士の接点もない。

そうしたなか、その一部の事件の加害者らと接触した人物が浮上。それは、記憶をなくしているように振る舞う若い男(間宮)だった。高部と佐久間はその男の取り調べを行うが、煮え切らない挑発的な態度で高部をひどくイラつかせた。

この出会いが、想像もつかない世界の扉を開けることになるとは、まだ高部は気づいていなかった——。

『CURE』レビュー※ネタバレします!

● 「温度の低い息苦しさ」で殺意が芽を出す?

この作品には、“非現実的で不条理な世界や物事が、冷たくすき間を埋める” ような、「温度の低い息苦しさ」がある気がします。

それはまるで、一定の温度を恒常的に保つ “冷たくて重い空気” のようなもの。この物語の文脈で言えば、恐怖・不安・怒りなどが混じり合って冷たい空気となって、どんな場所にも入り込み伝染してしまうような感じです。

で、その “冷たい空気” は結果として「隠れた部屋(人の心の奥底)」に追い込まれ、行き場がなくなって「絶対に表面化するはずではなかった心の闇」と化学反応を起こし、殺人の動機となって外にガガッと芽を出してしまうんですよね😰。

この物語に登場する間宮の論理で言えば、その芽を外に出したあと人は解放され、楽になる、というわけです。これが、タイトルの『cure(キュア)』(「治す」「解決する」)にもつながっています。

皮肉なことに、この事件を誰よりも解決しうる洞察力を持った主人公の高部が、それを体現してしまいます。

● 「ツッコミどころ」がすべて恐怖に変わる怪奇現象

この映画の公開は1997年の12月。

あまりにも恐ろしい事件が続いたあとで、なおかつ世紀末ブームも最高潮でした。ノストラダムスの大予言や、2000年問題など、終末論から現実的な問題まで、人々を不安にさせる要素が事欠かなかった時代とも言えます。

そんな時代に生きる人々がこの物語に触れたら、どんなに「ツッコミどころ」が満載でも、すべてが恐怖に変わってしまうかもしれません。

ちなみに「ツッコミどころ」とは——

“あえて” の演出だとはわかっていても、いくらなんでも病院や警察署、精神科医の佐久間(うじきつよしさん)の家が、100年前から時間が止まっているレベルで暗く、古すぎること。全部が全部「お化け屋敷テイスト」なんですよね。😅

しかし、そうやってすべてを暗く古く、かつ不潔に描くことで、観客に「登場人物が感じているであろう不快感や息苦しさ」を疑似体験させているわけです(たぶん)。

息苦しさは、人々を恐怖に陥れるもの。実際にはそこまで危険がなくても、少し息苦しいだけで脳が過剰反応を起こし、「命の危険がある」と勘違いしてしまうことがあるといいます。

よって、この作品を鑑賞中は、「ツッコミどころ」がすべて恐怖に変わる怪奇現象も起こる(かもしれない)わけです。

● なぜ間宮は全員の防犯意識をログアウトさせてしまうのか

高部を演じた役所広司さんの演技は、ただただ「さすが」という印象でした。所作はもちろんですが、目になんとなく映るんですよね。その人物の心の様子が。

脳が何かを認識したとき、それが目に出るといいます(瞳孔の大きさや目の動きなど)。役所さんは、演じている人物が感じていることに、(共感ではなく)共鳴することができるのかもしれません。

妻が亡くなった幻想を見たときの、「叫ばない絶叫」の演技も見事でした。

多くは「ゔぁーーーー!!!」とか「あ゛ーーー!!!」とか、すぐ叫ぶんですよね。その、すぐ “なんでもかんでも叫ぶ演技” が苦手なので、余計に素晴らしいな、と思いましたよ。

そして、衝撃的なラストシーン直前まで、高部を翻弄し続けた間宮役・萩原聖人さんの演技は、なんとも独特でした。

常にのらりくらりとまともに答えないし、ヘナヘナしながら人を小ばかにしているので、癒し系ならず、ひどく「イラし系」なんですよね。😅

ところが教師も医師も警官も、この間宮の前に立つと、なぜか防犯意識をログアウトしてしまいます。

よくわからん謎の男を安易に家にあげてしまうし、勝手にウロウロさせるし、交番ではタバコまで吸わせてしまうし、勾留場所に死角はあるわ、監視は甘いわ。

「これじゃあ洗脳されちゃうよね」というような、説得力のある演出も最後まで見当たりませんでした。

でもそれは、むしろ “知らぬ間に日常に入り込む恐ろしいこと” の表し方としては正解なのかもしれません。

● 闇落ち刑事だけが「爽やか」だった胸糞エンド

「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」という有名なニーチェの言葉があります。

悪に挑む人の内面や精神も、その影響を受けて変質してしまうことを意味する言葉です。

この物語のなかで主人公は、まさに、その言葉通りになってしまいます。ヘナヘナ怪物「間宮」のねじ曲がった信念の “きわ” まで近づいた結果、自分がその(ヘナヘナはしていないが)怪物へと変貌してしまったのです。

観客にとっては「スッキリした終わり方」ではありませんが、主人公はその真逆の状態。半年ぐらい休んでメンズエステ行ったんか、ってぐらいスッキリして、そしてリラックスした表情で優雅に食事をとっています。

物語の途中に見えていた “まったく食欲がないボサボサ頭のヨレヨレ中年姿” とは180度違う姿です。

しかし、それは単にリラックスしていたわけではありません。彼は、ずっと押し殺していた無意識の願いを実現しただけでなく、しっかりと間宮の「能力(あるいは狂気)」を継承し、それを実行していたのですよ。

ただし——最後も相変わらず「洗脳の説得力」は一切ない演出なので、もはや魔法にしか見えませんけどね。笑(内容は笑えない)

(ライターgatto)

『CURE』(1997)

監督:黒沢清
出演者:役所広司 , 萩原聖人 , うじきつよし , 中川安奈 , 洞口依子

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